やっかいな男2。
2004年6月25日男Nからの今日のメールの変態的な部分だけを記する。
・愛しているんだ。
・世界で一番、これ以上愛せる人はいない。
・彼氏に将来の事を相談した方がいい。
・海月の事スキで、オチ○チ○海月のオマ○コに入れたい。
・ワタシの事、愛してないんですよね?
今すぐ彼Nをこの世から抹消したい。
もしくは私が消え去りたい。
彼Nは馬鹿です。
いや、もしくは面白がっているのか。
私が気が狂いそうなほど気持ち悪くなるのを想像して、復讐しているつもりなのか。
どちらも考え過ぎだろう。
彼Nは馬鹿ですから。
殺したい程、憎いし気持ち悪い。
また自分を傷付けそうになった。
そうなる前に、縁を切る。
着信拒否…
しかし怖い。
彼Nは、私の本名も知っているし、またストーカー行為をされたら、それこそ重度の男性恐怖症になってしまうかもしれない。
・愛しているんだ。
・世界で一番、これ以上愛せる人はいない。
・彼氏に将来の事を相談した方がいい。
・海月の事スキで、オチ○チ○海月のオマ○コに入れたい。
・ワタシの事、愛してないんですよね?
今すぐ彼Nをこの世から抹消したい。
もしくは私が消え去りたい。
彼Nは馬鹿です。
いや、もしくは面白がっているのか。
私が気が狂いそうなほど気持ち悪くなるのを想像して、復讐しているつもりなのか。
どちらも考え過ぎだろう。
彼Nは馬鹿ですから。
殺したい程、憎いし気持ち悪い。
また自分を傷付けそうになった。
そうなる前に、縁を切る。
着信拒否…
しかし怖い。
彼Nは、私の本名も知っているし、またストーカー行為をされたら、それこそ重度の男性恐怖症になってしまうかもしれない。
やっかいな男。
2004年6月23日バスに乗った。
中央辺りの席に座った。
だんだんとバスは混んできた。
怖くなった。
震えた。
軽い過呼吸にもなった。
バスを降りた。
自宅に帰りたくなかった。
サイフの中身と相談した。
100円玉2個と10円玉と1円玉しか見当たらない。
諦めて、自宅に帰った。
以前ヒモをさせていただいた男Nからのメール。
『愛してるんだ』
『会いたい』
『もう消えないで』
『金返せ』
・・・・・・・
予想通り、パニック発作が起きた。
『死ななきゃいけない』と無心に思っていた。
私の変わった様子に気付いた母がいた。
母は見張っていた。
リスカできない。
外にも飛び出せない。
過呼吸と振るえと眩暈に襲われながらも、私はうち勝った。
『睡眠薬ください』と母に言った。
『それと、名前を呼ばないでください。それと、私に触れないでください。』とも言った。
私は緊急用の強い睡眠薬を飲んで、静かに眠った。
中央辺りの席に座った。
だんだんとバスは混んできた。
怖くなった。
震えた。
軽い過呼吸にもなった。
バスを降りた。
自宅に帰りたくなかった。
サイフの中身と相談した。
100円玉2個と10円玉と1円玉しか見当たらない。
諦めて、自宅に帰った。
以前ヒモをさせていただいた男Nからのメール。
『愛してるんだ』
『会いたい』
『もう消えないで』
『金返せ』
・・・・・・・
予想通り、パニック発作が起きた。
『死ななきゃいけない』と無心に思っていた。
私の変わった様子に気付いた母がいた。
母は見張っていた。
リスカできない。
外にも飛び出せない。
過呼吸と振るえと眩暈に襲われながらも、私はうち勝った。
『睡眠薬ください』と母に言った。
『それと、名前を呼ばないでください。それと、私に触れないでください。』とも言った。
私は緊急用の強い睡眠薬を飲んで、静かに眠った。
母の処置と私の漫画。
2004年6月22日21日、ビール850ml飲んだ。
何度か足を切ってみた。
深かったのかもしれない。
流れる血は次の日まで止まらなかった。
病院には行ってない。
包帯をぐるぐる巻きにして靴下を履いた。
『ママ、足どうしたの?』と娘が言った。
それに気付いた私の母は、「またヤッたの…もうやめてよ」と言いながら、私の足の包帯をほどき新しい包帯を巻いた。
私はうつ伏せになって漫画を読んでいた。
母は、私が寝る前の薬を飲んでからうとうとしている時、また包帯を取り替えていた。
何度か足を切ってみた。
深かったのかもしれない。
流れる血は次の日まで止まらなかった。
病院には行ってない。
包帯をぐるぐる巻きにして靴下を履いた。
『ママ、足どうしたの?』と娘が言った。
それに気付いた私の母は、「またヤッたの…もうやめてよ」と言いながら、私の足の包帯をほどき新しい包帯を巻いた。
私はうつ伏せになって漫画を読んでいた。
母は、私が寝る前の薬を飲んでからうとうとしている時、また包帯を取り替えていた。
タバコ6本。
2004年6月18日●昨夜の事。
確か、22mタールのSHIN…なんとかっていうフィルターのないタバコを6、7本飲んだ。
彼は、『私』とのメールの内容のオカシさに気付き、電話をかけてきた。
私は呆然としていた。
タバコを食べた事は覚えていた。
彼は、電話を母に代われと言ったが、私は拒んだ。
そして、自己嫌悪に陥り泣いた。
彼は携帯電話を切り、自宅の電話にかけてきた。
私の母に、その現状を話し、すぐに迎えに来る事になった。
母は泣いていた。
子は「だめだよ」と言った。
私は「大丈夫?」と子に聞いた。
子は「もうタバコ食べちゃだめだよ?」と言った。
私は頷いた。
そして「ごめんね」と言った。
救急病院では、すぐさま胃洗浄と点滴を打った。
帰りは、父と二人で車で帰った。
確か、22mタールのSHIN…なんとかっていうフィルターのないタバコを6、7本飲んだ。
彼は、『私』とのメールの内容のオカシさに気付き、電話をかけてきた。
私は呆然としていた。
タバコを食べた事は覚えていた。
彼は、電話を母に代われと言ったが、私は拒んだ。
そして、自己嫌悪に陥り泣いた。
彼は携帯電話を切り、自宅の電話にかけてきた。
私の母に、その現状を話し、すぐに迎えに来る事になった。
母は泣いていた。
子は「だめだよ」と言った。
私は「大丈夫?」と子に聞いた。
子は「もうタバコ食べちゃだめだよ?」と言った。
私は頷いた。
そして「ごめんね」と言った。
救急病院では、すぐさま胃洗浄と点滴を打った。
帰りは、父と二人で車で帰った。
退院3日目。(私は任意入院でした。)
2004年6月17日精神病院への入院には、2種類あります。
1:強制入院
2:任意入院
私の場合、任意入院だったので、医師の判断と保護者の承諾と自己の意思で退院できます。
ただし、医師が反対した場合、当日から3日間入院させる権限を医師は持っています。
どうでもいい話。
1:強制入院
2:任意入院
私の場合、任意入院だったので、医師の判断と保護者の承諾と自己の意思で退院できます。
ただし、医師が反対した場合、当日から3日間入院させる権限を医師は持っています。
どうでもいい話。
入院34日目・退院
2004年6月15日昼過ぎ、父と車で病院へ向かった。
父は、もう退院させる決意を固くしていた。
主治医に会って、話はとんとん拍子に進んだ。
毎週1日通院をするという約束で、退院する事になった。
私はテキパキと荷物をまとめた。
ナースステーションでは、預かり品を受け取ってサインした。
その時、いつも仲が良かったRYO-K君がいた。
私はRYOU君の側に行き、退院時までに取っておいたとっておきの台詞を口にした。
『メールアドレス変えました(笑)。もし何処かでまた逢えたら、それは運命だよね。』
?運命?
彼の腕には昔、鉛筆で彫った?DESTINY?という文字が刻まれている。
RYOU君は、夜眠れない私にそれをそっと見せてくれた。
RYOU君は苦笑いをした。
私は、RYOU君の頭を撫でた。
RYOU君は今度は、子供のような膨れっ面でうつむいた。
『またね、ありがとう。』と言い残し、私はその場を去った。
以前、RYOU君には手紙を2回渡した事があった。
内容はというと…
●1通目『今度、ドライブに連れてってください。返事はメールにしてね♪ miduki@docomo.ne.jp』
メールは来なかった。
その代わりに言葉での返事が返ってきた。
「患者を看護士の関係では無理だってば」と。
●2通目『メールアドレス変わりました♪ mizuki@docomo.ne.jp』
RYOU君は笑いながら「ホント寒いって」と言った。
私も笑った。
※上記の二つのアドレスは架空のモノです。
RYOU君には半ば強制的(?)に、ビーズでできたブレスレットをもらった。
それは、今でも腕にある。
病院を後にする時、急に寂しくなった。
本当は名残惜しかった部分があった。
ナニに?
わからない。
仲の良かった人達、お世話になった人達の顔を見ると、熱い何かが込み上げてきて、何かが溢れ出そうで…
私は、少しおちゃらけて「またすぐ戻ってくるよ!通院もするし」なんて言っておどけて見せた。
父は、もう退院させる決意を固くしていた。
主治医に会って、話はとんとん拍子に進んだ。
毎週1日通院をするという約束で、退院する事になった。
私はテキパキと荷物をまとめた。
ナースステーションでは、預かり品を受け取ってサインした。
その時、いつも仲が良かったRYO-K君がいた。
私はRYOU君の側に行き、退院時までに取っておいたとっておきの台詞を口にした。
『メールアドレス変えました(笑)。もし何処かでまた逢えたら、それは運命だよね。』
?運命?
彼の腕には昔、鉛筆で彫った?DESTINY?という文字が刻まれている。
RYOU君は、夜眠れない私にそれをそっと見せてくれた。
RYOU君は苦笑いをした。
私は、RYOU君の頭を撫でた。
RYOU君は今度は、子供のような膨れっ面でうつむいた。
『またね、ありがとう。』と言い残し、私はその場を去った。
以前、RYOU君には手紙を2回渡した事があった。
内容はというと…
●1通目『今度、ドライブに連れてってください。返事はメールにしてね♪ miduki@docomo.ne.jp』
メールは来なかった。
その代わりに言葉での返事が返ってきた。
「患者を看護士の関係では無理だってば」と。
●2通目『メールアドレス変わりました♪ mizuki@docomo.ne.jp』
RYOU君は笑いながら「ホント寒いって」と言った。
私も笑った。
※上記の二つのアドレスは架空のモノです。
RYOU君には半ば強制的(?)に、ビーズでできたブレスレットをもらった。
それは、今でも腕にある。
病院を後にする時、急に寂しくなった。
本当は名残惜しかった部分があった。
ナニに?
わからない。
仲の良かった人達、お世話になった人達の顔を見ると、熱い何かが込み上げてきて、何かが溢れ出そうで…
私は、少しおちゃらけて「またすぐ戻ってくるよ!通院もするし」なんて言っておどけて見せた。
入院33日目・息をしている。
2004年6月14日昨夜、夕食時前、院内のトイレでリスカしていた。
血液を流したまま、トイレを出ると皆が騒いだ。
私には、リストカットした記憶がない。
トイレの前で呆然と立ち尽くしていた。
その日、昔、私が「性関係なしのヒモ」になっていた男Nが、面会に来た。
私が呼んだわけではない。
副人格の『私』が呼んだのだ。
面会に来た彼Nを拒否しなかったのは、私の中に少しでも「ヒモ」というオイシイ時期の記憶があったからだったのではないかと思う。
男Nが、私の体に触れたのを覚えている。
私の尻に腰に手を廻した事を覚えている。
それからの記憶は途切れ途切れだ。
彼Nと一緒に過ごしたたった2時間は苦痛だったに違いない。
その後、酷い鬱に襲われて、私は病院から脱走を試みた。
ドライバーの替わりになるようなモノを探し、窓のネジを2本外したが、3本目はなかなか外れなかった。
次第に記憶が薄れていった。
そして、絶えられなくなった私は副人格に身を任す事になり、リストカットをしたのだろう。
私は、カミソリが残り2ツあるのは知っていたが、隠し場所までは知らなかった。
副人格の『私』でないとわからない。
副人格の『私』が隠しておいたのだから。
私自身に戻った。
発作が起きた。
手首はすぐに処置された。
そして薬もすぐに飲まされた。
看護士は「安定剤」だと言っていたが、それは「睡眠剤」だった。
私は、睡眠剤は絶対拒否していたから、看護士は嘘を言った。
それは違法ではないのか?
次第に眠くなり、眠ってしまった。
父が迎えに来てくれた。
睡眠剤を飲んでいても、パニック発作が治まらないので、急遽外泊許可を取り、実家に帰った。
明日は担当医に退院の相談をしに、父と病院に向かう。
私も父も入院している意味がないと悟ったからだ。
今、実家では過食嘔吐を繰り返している。
男性恐怖症で外出もままらない。
いつパニック発作が起こるかもわからない状態で、恐る恐る過ぎ行く時の中で息をしているだけだ。
血液を流したまま、トイレを出ると皆が騒いだ。
私には、リストカットした記憶がない。
トイレの前で呆然と立ち尽くしていた。
その日、昔、私が「性関係なしのヒモ」になっていた男Nが、面会に来た。
私が呼んだわけではない。
副人格の『私』が呼んだのだ。
面会に来た彼Nを拒否しなかったのは、私の中に少しでも「ヒモ」というオイシイ時期の記憶があったからだったのではないかと思う。
男Nが、私の体に触れたのを覚えている。
私の尻に腰に手を廻した事を覚えている。
それからの記憶は途切れ途切れだ。
彼Nと一緒に過ごしたたった2時間は苦痛だったに違いない。
その後、酷い鬱に襲われて、私は病院から脱走を試みた。
ドライバーの替わりになるようなモノを探し、窓のネジを2本外したが、3本目はなかなか外れなかった。
次第に記憶が薄れていった。
そして、絶えられなくなった私は副人格に身を任す事になり、リストカットをしたのだろう。
私は、カミソリが残り2ツあるのは知っていたが、隠し場所までは知らなかった。
副人格の『私』でないとわからない。
副人格の『私』が隠しておいたのだから。
私自身に戻った。
発作が起きた。
手首はすぐに処置された。
そして薬もすぐに飲まされた。
看護士は「安定剤」だと言っていたが、それは「睡眠剤」だった。
私は、睡眠剤は絶対拒否していたから、看護士は嘘を言った。
それは違法ではないのか?
次第に眠くなり、眠ってしまった。
父が迎えに来てくれた。
睡眠剤を飲んでいても、パニック発作が治まらないので、急遽外泊許可を取り、実家に帰った。
明日は担当医に退院の相談をしに、父と病院に向かう。
私も父も入院している意味がないと悟ったからだ。
今、実家では過食嘔吐を繰り返している。
男性恐怖症で外出もままらない。
いつパニック発作が起こるかもわからない状態で、恐る恐る過ぎ行く時の中で息をしているだけだ。
生きています。
2004年6月10日なぜ生きているのだろう。
きっと生かされているからなのではないのか。
生死を玩んでるつもりではない。
私の生は、親から授かったモノ。
私の死は、私のモノ。
娘の生は、私が授けたモノ。
娘の死は、娘のモノにはしたくない。
私のモノであってほしい。
娘を死なせたくない。
娘が「死にたい」と願うなら、私は娘が「生きたい」と思えるまでなんでもしてやりたい。
だが、私の両親は違う。
現在(今)はそう思って、そう願っているのかもしれない。
だけど、昔は違ったよね。
もう取り戻せないよ。
私の手首メチャクチャだよ。
足もお腹も顔にも傷がいっぱいだよ。
アナタ方のせいにはしたくない。
だから、もう放っておいてほしい。
顔を見る度、嫌なカンジがするよ。
昔を思い出したくない。
記憶喪失のままでいい。
このままでいいよ。
きっと生かされているからなのではないのか。
生死を玩んでるつもりではない。
私の生は、親から授かったモノ。
私の死は、私のモノ。
娘の生は、私が授けたモノ。
娘の死は、娘のモノにはしたくない。
私のモノであってほしい。
娘を死なせたくない。
娘が「死にたい」と願うなら、私は娘が「生きたい」と思えるまでなんでもしてやりたい。
だが、私の両親は違う。
現在(今)はそう思って、そう願っているのかもしれない。
だけど、昔は違ったよね。
もう取り戻せないよ。
私の手首メチャクチャだよ。
足もお腹も顔にも傷がいっぱいだよ。
アナタ方のせいにはしたくない。
だから、もう放っておいてほしい。
顔を見る度、嫌なカンジがするよ。
昔を思い出したくない。
記憶喪失のままでいい。
このままでいいよ。
入院30日目(外泊許可・娘の水疱瘡)
2004年6月10日●一昨日、母から病院へ電話がかかってきた。
「娘が水疱瘡にかかった」と。
私は慌てて、外泊許可をもらおうと、担当医に連絡を取ってもらい外泊願いを出したが、返事はNO。
なぜなら、送り迎えが親・又は兄同伴でなければならない。
両親は、仕事と娘の看病で出られないし、兄も仕事で出られないという。
明日なら迎えに行けると、兄は言った。
私は、娘が心配でよく眠れなかった。
次の日。
兄の迎えで、実家に戻った。
娘は顔から体中に水泡ができていて痛々しかった。
私は、看病しているつもりだったが、その内寝てしまった。
起きたのは今朝6時。
半日程、眠っていたようだ。
外泊許可を取って、実家に帰った意味がない。
今は、無くした母子手帳の再発行を申請しに外出している。
その合間をぬって、ネットカフェに来た。
●以前、外泊した時には、彼氏の家に一人で行った。
彼氏はおろか彼の両親さえいなかった。
調子に乗って、私は500mlと350mlの缶ビールを持って部屋に行き、 パソコンに向かって仕事を始めた。
酒の免疫(?)が衰えていたせいか、すぐに酔っ払い記憶がブッ飛んだ。
彼が途中、帰ってきたのを覚えている。
彼が寝てしまった事を覚えている。
1階の引き出しからカッターを取り出したのを覚えている。
それだけだった。
次の日の朝、目を覚ますと、手首は切れていた。
浅い。
なんてことない。
ただ、その行為がいけないのだ。
自称行為の癖を治さなければ退院はできない。
任意入院なので、退院できない事もないが…なにしろ、うちは貧乏だから、入院なんてそんなお金をかけていられない。
たった1ヶ月3万だが、面会の交通費やら…もろもろ金はかかっている筈だから、1ヶ月10万弱は、私の為に両親と兄が使っているのだろう。
存在価値のない私に、10万…年間120万使うのは、どうかと思う。
いつか、他人(ひと)にも傷付けてしまうような…殺してしまうような気がして怖い。
だから、まだ退院はできない。
「娘が水疱瘡にかかった」と。
私は慌てて、外泊許可をもらおうと、担当医に連絡を取ってもらい外泊願いを出したが、返事はNO。
なぜなら、送り迎えが親・又は兄同伴でなければならない。
両親は、仕事と娘の看病で出られないし、兄も仕事で出られないという。
明日なら迎えに行けると、兄は言った。
私は、娘が心配でよく眠れなかった。
次の日。
兄の迎えで、実家に戻った。
娘は顔から体中に水泡ができていて痛々しかった。
私は、看病しているつもりだったが、その内寝てしまった。
起きたのは今朝6時。
半日程、眠っていたようだ。
外泊許可を取って、実家に帰った意味がない。
今は、無くした母子手帳の再発行を申請しに外出している。
その合間をぬって、ネットカフェに来た。
●以前、外泊した時には、彼氏の家に一人で行った。
彼氏はおろか彼の両親さえいなかった。
調子に乗って、私は500mlと350mlの缶ビールを持って部屋に行き、 パソコンに向かって仕事を始めた。
酒の免疫(?)が衰えていたせいか、すぐに酔っ払い記憶がブッ飛んだ。
彼が途中、帰ってきたのを覚えている。
彼が寝てしまった事を覚えている。
1階の引き出しからカッターを取り出したのを覚えている。
それだけだった。
次の日の朝、目を覚ますと、手首は切れていた。
浅い。
なんてことない。
ただ、その行為がいけないのだ。
自称行為の癖を治さなければ退院はできない。
任意入院なので、退院できない事もないが…なにしろ、うちは貧乏だから、入院なんてそんなお金をかけていられない。
たった1ヶ月3万だが、面会の交通費やら…もろもろ金はかかっている筈だから、1ヶ月10万弱は、私の為に両親と兄が使っているのだろう。
存在価値のない私に、10万…年間120万使うのは、どうかと思う。
いつか、他人(ひと)にも傷付けてしまうような…殺してしまうような気がして怖い。
だから、まだ退院はできない。
入院11日目 『外泊許可・外出許可』
2004年5月24日●きちがいだらけの閉鎖病棟に入れられた。6人部屋だった。父と兄と彼の帰り際、作られていた笑顔は消え去り、涙が溢れ出た。すぐにベッドに潜り込み泣きながら寝た。
●一人での外出許可が取れた。100yenSHOPで必需品を購入した。剃刀も。その後、350mlの缶ビール2本買った。1本は飲んだ。もう1本は時間がなくて飲めなかった。剃刀はブラの中に隠した。ビールは靴の中に隠して、病院へ戻った。ボディーチェックも持ち物検査もされたが、バレなかったので、部屋に戻ってビールを飲んで寝た。
●夜中トイレに行った。用をたしてドアを開けると、患者♂が立っていた。セックスを求めてきた。私は何も言わず、その場を去って部屋に戻った。この日から眠れなくなった。次の日、彼が見舞いに来たので、その話をした。そして彼同伴で、看護士と主治医にその出来事を話した。入院してから、2回目の涙を流した。
●セフレのような友達♂が3時間かけて見舞いに来てくれた。同伴で外出許可をもらった。帰り際、アレルギー性鼻炎の薬と500mlの缶ビールを買って、病院へ戻った。もちろん隠した。なんなくバレやしなかった。
●精神的な苦痛が堪えなかった。男性恐怖症のトラウマが度々よみがえっていた。剃刀で左腕に文字を刻んだ。『花(娘の名前)に会いたい。でも生きたくない』と。そして浅いリスカの痕を付け、鼻炎の薬24錠と医者から処方されている薬を飲んでいた。その後の記憶はない。
●23歳♂:アダルトチルドレン(知恵遅れかもしれない奴)が私に懐いてくる。キモチワルイ。その奴は、手加減を知らない。椅子に座っていた私に、つまらない冗談話をしながら、私の肩をどついた。私は後ろのドアに倒され頭と腕を打った。怪我はなかったが、うんざりしていた。
●うるさい看護士♀2人と♂1人が夜勤だった日、私はベッドで寝た振りをしていた。部屋のドアが開いた。ソイツは、私の引き出しを開けた。「なにしてんの?」と聞いたら、ソイツはおどおどとしながら部屋から出て行った。
●脱走を試みた。荷物を窓から投げた。私の体が到底抜ける事の出来ない窓の隙間を眺めながら、私は全力で窓を押した。全体重をかけて。だが、その体力は無駄に終わった。
●父と兄と彼と話し合い、外泊許可を取ってもらう事になった。彼に迎えに来てもらった。最初は楽しかった。帰りの車の中で、喧嘩のような言い合いが始まったようだ。気付いたら、4回分の薬を一気に飲んでいた。睡眠剤が強いせいで、すぐに寝てしまった。
●さっき彼とメール交換をしていた。父に「海月と別れてほしい」と強く言われたそうだ。兄には怒られたらしい。
●母は疲れた顔をしていた。何度も泣いていた。
●彼も疲れている。
●父も疲れて爆発寸前だろう。
●兄も疲れてカリカリしている。
●私は、今から一人で病院に向かう。もう一度だけ、考え直してみようと思う。私の存在の意味を。もう誰に何を隠す事など何もない。始発で行きます。
●一人での外出許可が取れた。100yenSHOPで必需品を購入した。剃刀も。その後、350mlの缶ビール2本買った。1本は飲んだ。もう1本は時間がなくて飲めなかった。剃刀はブラの中に隠した。ビールは靴の中に隠して、病院へ戻った。ボディーチェックも持ち物検査もされたが、バレなかったので、部屋に戻ってビールを飲んで寝た。
●夜中トイレに行った。用をたしてドアを開けると、患者♂が立っていた。セックスを求めてきた。私は何も言わず、その場を去って部屋に戻った。この日から眠れなくなった。次の日、彼が見舞いに来たので、その話をした。そして彼同伴で、看護士と主治医にその出来事を話した。入院してから、2回目の涙を流した。
●セフレのような友達♂が3時間かけて見舞いに来てくれた。同伴で外出許可をもらった。帰り際、アレルギー性鼻炎の薬と500mlの缶ビールを買って、病院へ戻った。もちろん隠した。なんなくバレやしなかった。
●精神的な苦痛が堪えなかった。男性恐怖症のトラウマが度々よみがえっていた。剃刀で左腕に文字を刻んだ。『花(娘の名前)に会いたい。でも生きたくない』と。そして浅いリスカの痕を付け、鼻炎の薬24錠と医者から処方されている薬を飲んでいた。その後の記憶はない。
●23歳♂:アダルトチルドレン(知恵遅れかもしれない奴)が私に懐いてくる。キモチワルイ。その奴は、手加減を知らない。椅子に座っていた私に、つまらない冗談話をしながら、私の肩をどついた。私は後ろのドアに倒され頭と腕を打った。怪我はなかったが、うんざりしていた。
●うるさい看護士♀2人と♂1人が夜勤だった日、私はベッドで寝た振りをしていた。部屋のドアが開いた。ソイツは、私の引き出しを開けた。「なにしてんの?」と聞いたら、ソイツはおどおどとしながら部屋から出て行った。
●脱走を試みた。荷物を窓から投げた。私の体が到底抜ける事の出来ない窓の隙間を眺めながら、私は全力で窓を押した。全体重をかけて。だが、その体力は無駄に終わった。
●父と兄と彼と話し合い、外泊許可を取ってもらう事になった。彼に迎えに来てもらった。最初は楽しかった。帰りの車の中で、喧嘩のような言い合いが始まったようだ。気付いたら、4回分の薬を一気に飲んでいた。睡眠剤が強いせいで、すぐに寝てしまった。
●さっき彼とメール交換をしていた。父に「海月と別れてほしい」と強く言われたそうだ。兄には怒られたらしい。
●母は疲れた顔をしていた。何度も泣いていた。
●彼も疲れている。
●父も疲れて爆発寸前だろう。
●兄も疲れてカリカリしている。
●私は、今から一人で病院に向かう。もう一度だけ、考え直してみようと思う。私の存在の意味を。もう誰に何を隠す事など何もない。始発で行きます。
草野。さんへ
2004年5月8日メールありがとうございます。
とても嬉しいです。
私、精神病院に入院することになりました。
退院するまでは連絡も取れないし、草野。さんのHPも見ることができなくなりますが、たまに外出許可がおりた時にはメールします。
「頑張ってください。」
…という言葉はあまり好みませんが、今はそれしか言葉が浮かびません。
すみません。
ところで、ヤフーのアドに返信したところ、エラーになって返ってきましたので、ココに返事を書くことにしました。
読んでいただければ幸いです。
メール、本当に嬉しかったです。
それでは、また。
海月より
とても嬉しいです。
私、精神病院に入院することになりました。
退院するまでは連絡も取れないし、草野。さんのHPも見ることができなくなりますが、たまに外出許可がおりた時にはメールします。
「頑張ってください。」
…という言葉はあまり好みませんが、今はそれしか言葉が浮かびません。
すみません。
ところで、ヤフーのアドに返信したところ、エラーになって返ってきましたので、ココに返事を書くことにしました。
読んでいただければ幸いです。
メール、本当に嬉しかったです。
それでは、また。
海月より
どっちも私。
2004年5月5日そろそろ、この日記も更新できなくなりそうだから。。。
「お気に入り」に追加した「海月」はどちらも私だった。
今となっては、もうどうでもいい事。
パパイヤさんだけだったのかな?
気付いていたのは。
「ダイエット」の日記では、明るい人間性でいたかったのに、それすらも出来なかった。
こっちの「真実」の日記では、感じた事・思った事をただのなぐり書きのように書いていたつもりだった。
どっちも、私が生き様を、ただただ残しておきたかった。
もしも、この世に神がいるとしたら、ソイツは最低最悪な奴だね。
「お気に入り」に追加した「海月」はどちらも私だった。
今となっては、もうどうでもいい事。
パパイヤさんだけだったのかな?
気付いていたのは。
「ダイエット」の日記では、明るい人間性でいたかったのに、それすらも出来なかった。
こっちの「真実」の日記では、感じた事・思った事をただのなぐり書きのように書いていたつもりだった。
どっちも、私が生き様を、ただただ残しておきたかった。
もしも、この世に神がいるとしたら、ソイツは最低最悪な奴だね。
リスカでしか死ぬ方法を知りません。
2004年4月29日今から、1時間以内に、動脈まで届くリスカします。
命乞いはしません。
だから死ねると思います。
今までメールやリンクして見守っていてくれた方々、ありがとうございました。
本当は生きたいのかも知れません。
嘘です。
命乞いはしません。
だから死ねると思います。
今までメールやリンクして見守っていてくれた方々、ありがとうございました。
本当は生きたいのかも知れません。
嘘です。
リスカ2箇所。(動脈・けん)
2004年4月27日切った。
ネットカフェで。
酔ってた。
救急車で運ばれた。
プシューって音をたてて血液は吹き出た。
焦った。
ネットカフェのスタッフに救急車を呼んでもらった。
カッコワルイ。
これで、PCの仕事もできなくなると思った。
絶望していた。
実家に連絡されるよりマシだと思い、彼氏に迎に来てもらった。
彼に会計を済ましてもらっている間に、逃げようとした。
彼は、私の考えを見抜いていたみたいだ。
止められた。
私は徒歩30分かかる橋まで歩いて、そこから飛び降りる事を決意していた。
「今なら出来る」と核心していた。
その自殺への策戦は不成功に終わって、私はまたこのくだらない人生を送るはめになった。
ネットカフェで。
酔ってた。
救急車で運ばれた。
プシューって音をたてて血液は吹き出た。
焦った。
ネットカフェのスタッフに救急車を呼んでもらった。
カッコワルイ。
これで、PCの仕事もできなくなると思った。
絶望していた。
実家に連絡されるよりマシだと思い、彼氏に迎に来てもらった。
彼に会計を済ましてもらっている間に、逃げようとした。
彼は、私の考えを見抜いていたみたいだ。
止められた。
私は徒歩30分かかる橋まで歩いて、そこから飛び降りる事を決意していた。
「今なら出来る」と核心していた。
その自殺への策戦は不成功に終わって、私はまたこのくだらない人生を送るはめになった。
子供には父親が必要ですか。。。
2004年4月26日今日、最後の2箇所を抜糸した。
怖くて見れなかった。
明日から水に濡らしてもいいそうなので、ゴシゴシ洗ってやるつもりだ。
昨日は、兄夫婦とその子供と私と娘と5人で遊びに出かけた。
車を降りると、兄夫婦とその子供は3人で手を繋いで歩き出した。
私は娘と二人で手を繋いで、その後ろを付いて歩いた。
娘の事を可哀想に思った。
私は、めまいが絶えなかったので、途中途中座り込み休憩を取っていた。
誰にも気付かれないように。
だが、兄は気付いていたようだ。
きっと実家で倒れた日の事を、両親から聞いていたのだろうと思う。
今日は、今朝いつものように鬱と体のだるさで滅入っていたので、精神科で処方された薬を飲んだ。
少しは効いているようだが、今日はいつもより鬱がひどい。
仕事にも行きたくない。
この都会から逃げ出したい。
山と川と海のある田舎の方で、何も考えずただただ静かに座り込んでいたい。
そして今夜は、仕事が終わった後に、DJの友達がイベントに出るというので、クラブに行かなければならない。
断るつもりだったが、ミツは許してくれない。
だるい。
頭も心も体も全てだるい。
怖くて見れなかった。
明日から水に濡らしてもいいそうなので、ゴシゴシ洗ってやるつもりだ。
昨日は、兄夫婦とその子供と私と娘と5人で遊びに出かけた。
車を降りると、兄夫婦とその子供は3人で手を繋いで歩き出した。
私は娘と二人で手を繋いで、その後ろを付いて歩いた。
娘の事を可哀想に思った。
私は、めまいが絶えなかったので、途中途中座り込み休憩を取っていた。
誰にも気付かれないように。
だが、兄は気付いていたようだ。
きっと実家で倒れた日の事を、両親から聞いていたのだろうと思う。
今日は、今朝いつものように鬱と体のだるさで滅入っていたので、精神科で処方された薬を飲んだ。
少しは効いているようだが、今日はいつもより鬱がひどい。
仕事にも行きたくない。
この都会から逃げ出したい。
山と川と海のある田舎の方で、何も考えずただただ静かに座り込んでいたい。
そして今夜は、仕事が終わった後に、DJの友達がイベントに出るというので、クラブに行かなければならない。
断るつもりだったが、ミツは許してくれない。
だるい。
頭も心も体も全てだるい。